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かてものについて
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上杉鷹山公の想い。「かてもの

「かてもの」は「糅物」と書き、直接の意では、主食に混ぜて炊くものとなります。 しかし、この場合は、糧と同義で食糧と解釈した方が良く、実際は、飢饉救済の手引書、救荒食のガイドブックです。

天明3年(1783)の大飢饉に際し、鷹山公の意をうけた重臣莅戸善政が、寛政12年(1800)側医矢尾板営雪等にはかり飢饉救済の手引きとして、享和2年(1802 )に当時の領民に配りました。その刊行冊数は1575冊でした。

かてもの

寛政4 年( 1792 )に藩が招いた江戸の本草学者佐藤忠陵の指導助言を受けたと伝えられ、その後、奉行の莅戸が自ら筆を執って「かてもの」の原稿をひとまず書き終えたのは、寛政十二年の秋、赤湯温泉、赤湯御殿(当館)に湯治中のことでした。天明の大飢饉から数えて、実に20年近い年月をかけた努力の結晶が「かてもの」なのです。

飢饉に備え、穀物の貯蓄とともに、それを食いのばさせる目的の救荒食物を約80種(草木果実)選び、その調理法を具体的に述べ、また、各種の味噌の製造法から魚鳥獣肉の貯蔵法まで記したもので、これは実際、天保四年(1833)の飢饉に大変役立ちました。

この時米沢藩は、一人の餓死者も出さなかったのです。この大凶作は、近世東北三大凶作のひとつでしたので、他藩の飢えまで救う余力を示した「かてもの」は、名著の評価を揺るぎないものとしたのです。

さらにこの本が多くの人々を魅きつけたのは、鷹山公の施政が示す人間愛が底に流れているからだと思います。 領民の健康を案じ、特に老人など弱者への労りの心情を込めて、全領民へ周知徹底するよう配慮されています。 こうした日々の心がけは、今のような飽食の時代にこそ、必要なのではないでしょうか。

「かてもの」原文

凶年の備への事、年来御世話の下され候。末深き気遣ひは有るまじく、 其の年次に当たらば猶も御手当ての事はいふまでもなく候へども、行立がたきものもあるべく、 又二年三年つづきての不作も知るべからず。

然らば飯料は余計にたくはふべく、麦・そば・稷・ひえの蒔き植へより、菜・大こんの干したくはへまで、年々の心遣ひはいふまでもなく、其の外もろもろの「かて物」をば其相応にまじへて食ふべき事に候。 然れども其の品其の製法を知らずして生をあやまる事の御心元なく、広く御医者衆におほせて「かて物」になるべき品々其の製法までを撰ばせられ候間、民々戸々豊かなるけふより、万々一の日の心がけいたすべく候。

いたどり (くきふとくは大なるをどうぐひと云ふ)能くゆぎき麦か米かに炊き合はせて「かて物」とす。但し妊婦は食ふべからず。
いちび 実をいちびまんでうと云ふ)実をとり生にて食ふ。干してひき粉にし餅・団子にしても食ふ。
はすの葉 ゆびき食ふ。又「かて物」とす。
はうきぎ 葉をゆびき食ふ。又「かて物」とす。
はたけしちこ (ははこぐさとも云ふ) 茎も葉も灰水にてゆで、米の粉へまじへ餅・団子にして食ふ。
はびやう ゆびき食ふ。又「かて物」とす。但し鼈とくひあはせべからず。
はしばみ 飢へを助くるもの。
ほど 根を能くよく煮て塩をくはへ食ふ。
へびあさ ゆびき食ふ。又「かて物」とす。
ところ 横に切り、能く能く煮て流水に一宿ひたせば苦味よく去る。 又灰水にてよく煮、二宿ほど水にさはし「かて物」とす。但し、老人或いは病後の人、又は病人などといふほどのものは食ふべからず。 附久しく食して、もし大便つまらば白米を稀粥にして度々のむべし。泄瀉して毒消ゆ。
とうごぼう 根も葉もゆでて食ふ。又「かて物」とす。根に赤きあり。黄なるあり。白きあり。白きを食ふべし。 うすくへぎながれに二宿ひたし、大豆の葉を甑にし段々へだめに入れて蒸す事六時ばかりにして食ふ。 まめの葉なくば大豆を用ひてよし。又灰水にてよく煮度々水をかへ、二三宿浸し、さはしたるもよし。
どほな 嫩葉をゆびき食ふ。又「かて物」とす。
どろぶ わか葉をあく水にゆで、水をかへゆびきさはして「かて物」とす。
とちの実 水をかへ煮る事十四、五度し、むして食ふ。ながれに一宿ひたせば一度煮てもよし。 又日に干し火棚にあげ置き、干あがりたる時あつき湯へ入れとりあげ、物を以て打ちて皮を去り、 ながれにひたす事二、三日してとりあげ、灰をまびりねせ置く事又二、三日し、実を割り中に白き色なく、みな黄色に成りたる時灰気を洗いさり、 糯米にまじへて餅とし、のし置きあぶりて食ふ。又「かて物」とす。
ぢたぐり (ぢんだぐりとも云ふ)水をかへて煮る事十四、五度し、よくむして食ふ。 ながれに一宿ひたせば一度煮てもよし。又「かて物」とす。
魚鳥獣肉の心がけ

凶年ならぬだに魚鳥毛ものの肉を食はねば生を養ふの助け少なし。況んや老ひたるものは、肉にあらざれば養ひがたし。殊に凶年穀食乏しきをや。かかる年次によきものあたへがたきはいふまでもなし。責めては塩いはし・ほしこ・にしんなどの類、まれまれにもあたゆる心づかひも其の世話の一つなるべし。野猪の肉を厚さ二、三寸、長さ六、七寸に切り、蒸籠にてむしたるを取り上げ、灰をぬり縄にてあみ、火にほしかため火棚か梁のうへかなどにつるしをけば、数十年を経て変はらず。

用ひる時は、あくを洗ひおとし、小刀にてけづり用ひるに、鰹節におとらずといふ。但し能くよくむして脂を去らざれば、虫ばみて永く囲ひがたし。よくよくむすべし。然らば野猪ばかりにも限るべからず。何毛ものの肉も同じなるべければ、是等の心がけも亦其の心懸けの一なるべし。又、田螺もからを去り、ゆでてほし囲へば、幾年を経てもむしばまずと云ふ。魚鳥毛もののあぶら、尤も以て衰たる腹を養ふべし。是も亦心得の一つなるべし。右は今の豊かなる日に能く能く心得させよとの御事に候条、油断すべからざるもの也。