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上杉家 赤湯御殿御来駕の記録(上杉家御年譜より抜粋)
人名 西暦 和暦 年齢 内容
上杉
定勝公
1634年 寛永11年
11月25日
30歳
赤湯温泉御入浴に付御発軫あり 御稽留の間諸士飛札を以て御機嫌を伺ふ 且數品を献呈す 
12月 8日
十二月八日御皈城也
上杉
綱勝公
1653年 承応2年
4月 2日
14歳
(米府御目付 下曽根三十郎義永 桑山伊兵衛卓政)両士城北赤湯之温泉に湯療あり 同六日迄稽留也
16日
同十六日 城北赤湯に湯療として越駕 郡中の三歳駒一覧せらる
1657年 明暦3年
12月22日
18歳
牛の剋赤湯御殿に入御御止宿也 同月二十一日 米府に帰着也
23日
同二十三日卯の剋宮内山御小屋場に出御あり (御狩の御本陣)同所御拂ひ赤湯御殿へ申の下剋御着座也 即日牛の剋赤湯御殿発軫 申の剋御皈城也
松平
忠弘公
1658年 万治元年
9月14日
18歳
上乃山城主松平下総守忠弘 赤湯湯療に付て 馳走固として三組の物頭四人附置る
上杉
綱勝公
1659年 万治2年
8月3日
19歳
下長井通境目御歴覧 且放鷹の為出御あり 新津右近 平林内蔵助等供奉す 同日赤湯御泊 代官安部七郎右衛門饗膳を献す 同七日 小出御殿御発軫萩生村恩徳寺御歴覧再び歌丸村の梁場に御休 赤湯御殿に入御也 同八日 同所御稽留供奉の諸士に燕を賜り勤労を賞せらる 同九日赤湯御殿御発軫新宿境御巡見~ 其日赤湯に御泊 同十日 同所御稽留 十一日 掛入石中山境御歴覧~ 同日 赤湯へ御皈殿代官安部七郎右衛に時服三領賜る 同十二日 卯刻 赤湯御発軫巳刻米府御皈城也
上杉鷹山公 赤湯御殿御来駕の記録(上杉家御年譜より抜粋)
西暦 和暦 年齢 内容
1770年
明和7年 8月23日
20歳
御遠乗先より赤湯温泉へ御入浴として入せらる
9月 2日
御帰城に付御出迎貴体伺等先例の如し
1771年
明和8年  月  日
細井平洲先生湯療
1772年
安永元年 2月21日
21歳
御野合先より赤湯村温泉へ御入浴として辰の刻御出殿 御行列等の事は時宜に随て省略あり
27日
赤湯より御帰殿
1773年
2年 9月28日
23歳
御遠乗の御唱を以て赤湯御入浴あり
10月 5日
赤湯より御帰殿 諸士御機嫌を伺い奉る
1775年
4年 9月21日
25歳
辰の刻御出殿 赤湯御入湯
26日
赤湯より御帰殿
1785年
天明5年 8月21日
35歳
御野合先より赤湯へ御入浴あそはさる 申の上刻赤湯御着坐
26日
辰の下刻赤湯御発し窪田村にて御小休
1786年
6年 9月 5日
36歳
於江府御国元温泉御湯治二廻目の御願指出さる 追て御願済の令あり
1788年
8年 9月 3日
38歳
重定公御湯治中御見舞として辰刻御出殿糠野目御休 赤湯へ牛刻御着 戌刻御帰殿
1790年
寛政2年 7月23日
40歳
卯刻御供揃にて 重定公御見舞として赤湯へ入せらる 御野合先よりの御唱にて御供御省略あり 申刻御帰殿
1792年
4年 9月 7日
42歳
(重定公御湯治)赤湯へ御見舞として入せられ 種々御持せ進せらる
1793年
5年 2月 2日
江府に於て赤湯御入湯六回目の御願書老中松平和泉守邸へ御進達の処 追て御願済の令あり
9月 2日
43歳
(重定公御湯治)赤湯へ御見舞として入せらる種々御進献あり 申刻御帰殿
1794年
6年 8月26日
44歳
(重定公御湯治)赤湯へ御見舞として入せられ種々為御持進せらる
1795年
7年 8月26日
45歳
(重定公御湯治)赤湯へ御見舞として入せらる 即日御帰殿
1796年
8年 8月28日
46歳
(重定公御湯治)赤湯へ御見舞として被為入 御干菓子一箱 雁一羽進せらる 暮時前御帰殿
1797年
9年 7月27日
47歳
重定公へ御附添赤湯御入浴 御方々より御附使者あり
8月14日
重定公御同道御帰湯
1798年
10年 7月14日
治広公より御勧に付 世子及勝熈君御同道 赤湯へ御入湯
24日
48歳
御帰湯に付御方々様御待受として入せらる
1799年
11年 7月20日
49歳
江府に於て御湯治御暇十度目の御願済あり
1800年
12年11月12日
50歳
樺島小助赤湯入浴中思召を以て 外様法体飯田忠林有倫に診察のため 湯許へ罷越へき旨仰付らる
1801年
享和元年 2月 6日
江府に於て赤湯御入湯十一度目の御暇御願の通仰蒙せらる
1802年
2年11月 4日
52歳
於江府赤湯御入浴 十二度目の御願済せらる
1803年
3年 4月16日
世子並琢之助君御同道 赤湯へ御入浴遊はさる
23日
赤湯より思召仰進せられ 御本城御奥御一統当御殿御奥へ御招き御酒宴あり
29日
赤湯より御帰殿に付 御方々御待請として御上り 且御附使者あり
1805年
文化2年 4月15日
54歳
世子並琢之助君御同道 赤湯へ御入浴あそはさる 御方々より御附使者を以て御見立あり
27日
九時御帰湯 御方々御待請として御上り 諸士御伺例の如し
1806年
3年 1月26日
55歳
江府に於て去十九日 御湯治御暇十四度目御願済の命あり
1808年
5年 7月20日
58歳
卯の半刻御出殿 赤湯へ御入湯
8月 4日
赤湯より巳の半刻御帰殿
1809年
6年 3月 4日
於江府御湯治御暇十六度目の御願被為済
1810年
7年 8月23日
60歳
辰の刻御出殿 世子御同道赤湯へ御入浴遊はさる
9月 3日
赤湯より御帰殿 御方々御待請として御上り 且御使者を以て御窺 諸有司参殿例の如し
12月 4日
於江府赤湯御入浴十七度目の御願 治広公より仰立らるゝ所 御願の通仰蒙せらる
1814年
11年 2月11日
63歳
於江府御湯治十九度目の御願書 老中へ進達せらる 追て御願済の令あり
1815年
12年10月 5日
65歳
江府於て御入浴二十度目の御願書閣老へ進達せらる 追て御願済の令あり
1820年
文政3年 8月11日
70歳
於江府温泉御入浴二十三度目の御願書 老中阿部備中守へ指出さる 追て御願済の命あり

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